「協会公式ブログ」

「北タイ高校生招へい事業」へのご支援のお願い

 

高校生インカパスさんは「母がいなくても、私がさびしい気持ちにならないで毎日生活できるのは祖母のおかげです。祖母は私の大切な人です。祖母の教えや愛情は私の一番の宝物です」と<私の宝物>と題して素晴らしいスピーチを私たちにしてくれました。また伝統舞踊も披露してくれました。そして多くの元気をいただきました。今後も、あの日本語熱を絶やさないために、また、我々も元気をもらうため、わずかではありますが、毎年、そうした高校生の中から最優秀の生徒を「未来の懸け橋」として日本へ招へいしてきました。(計7年間、27名)

 

今年度も実施の予定でしたが、他のビックイベントで予想外の経費を出費し、現在は今年度の招へいのめどが立っていません。

 

このプログラムは官製のものではなく、ホームステイをはじめ、学校訪問、地域交流などみなさまとの手つくりによる血の通った交流です。招いた高校生たちから私たちも元気をもらい、また彼らも強い感動を体験し、その後感謝の気持ちがそれを表しています。

 

そこで、みなさまへお願いです。

 

今後、この北タイ高校生招へい事業が滞りなく継続実施できますように、また、北タイの学校との交流が末永く続きますように、ご理解、ご支援をよろしくお願いいたします。                      平成28年11月

 

 

 

 

 

実現した場合の歓迎会①2418:00宇治市内にて

 

②2月8日18:00大阪市内にて③2月11日全体ローイカトンと発表会④2月12日京丹後懇談会 ⑤2月14日19:00京都市内印象発表会

 

 

 

◎~募金のご支援をお願いしたく存じます。

振込先は:  ☆~みなさまのご理解、ご支援よろしくお願いします。~               

  ●三菱東京UFJ銀行)京都中央支店 店番431 口座番号3417152 

     「特定非営利活動法人日本タイ教育交流協会」または

         ●ゆうちょ銀行記号14440-2 番号34882481 

 

2015年

3月

11日

東日本大震災から4年

東日本大震災から4度目の3.11を迎えました。お亡くなりになられた方々に哀悼の意を表するとともに、被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。
 
 4年前、大地震発生のニュースはタイでも大きく報じられました。当協会には安否を心配するタイ人からのメールが多く寄せられました。
 タイ政府も震災発生から3日後には、日本支援のため約2億バーツの緊急予算を組み、緊急援助隊派遣や救援物資提供を決定。その後、電力不足が心配される日本の為に、「ガスタービン発電機」を発電施設ごと無償で貸与することを決定しました。
 また、多くのタイ国民が日本に想いを寄せて下さいました。タイから日本に寄せられた義捐金総額は、アメリカ・台湾に次ぐ約20億円にも上り、一部の学校では哀悼の意を込めて半旗が掲げられました。当会が交流している地域は、まだまだ発展が進んでおらず、経済的に豊かではない住民も多いですが、彼らも日本のために自らの大切な生活費の一部を募金してくれたと聞き、感謝の気持ちで胸が熱くなりました。

 震災から4年が経ちましたが、なかなか復興は思うように進んでいないのが現状だと思います。でも、私たちは一人ではありません。私たちの周りには、手を差し伸べてくれる友人がたくさんいます。戦後、驚異の復興を成し遂げた私たち日本人なら、必ず大震災からの復興を成し遂げることが出来ます。

「頑張ろう、日本」その想いを胸に、私たちにしか出来ない活動を全力で行って参ります。

特定非営利活動法人日本タイ教育交流協会

2014年

12月

12日

「第6回北タイ高校生招聘事業」

第6回北タイ高校生招聘事業

招聘の経緯

当協会は平成26年11月23日~12月6日にかけて、北タイで日本語を学ぶ高校生4名と先生1名を京都に招聘しました。この事業は日タイ修好120周年記念行事を機に当協会の主幹行事として開始されました。

今年で6回目を迎える北タイ高校生招聘事業は8月に実施当該校(チェンライ県サマーキー校・ナン県プア校・ピサロノーク県チャムクワンサトリー校・メーホンソン県クンユアム校)で応募が始まりました。日本語作文コンクールは「私と日本語」「私の宝物」が本年度のテーマです。各校でコンクールがおこなわれ、最優秀生徒が選ばれました。生徒たちは憧れの日本への夢を抱きつつ、スピーチや伝統文化の発表・タイ舞踊の練習を重ねて来ました。渡航旅券等の手続きも同時にスタートし、ついに11月23日にサマーキー校ラッテア先生を団長として入洛しました。(2名の生徒は短期留学で既に来日)

約2週間の滞在中、学校訪問、市民との交流、をとおして日本タイの友好を深める交流活動を行いました。

今後ますます日本語を学ぶ高校生が日本に興味関心を持ち、将来日本タイ両国間の架け橋となる人材となるようこの事業を展開してまいります。


(スケジュール)

11月23日 北タイ高校生 来日

   26日 京都府立東宇治高等学校 教育交流 

   27日 京都北部観光  天橋立 

  28日 京都府立峰山高等学校 教育交流

   29日 京都観光 嵐山・金閣寺

   30日 協会行事 紅葉ロイクラトン(タイ舞踊・日本語スピーチの発表

12月 1日 大阪タイ総領事館 表敬訪問   神戸観光

    2日 城陽市長 表敬訪問  大阪府立 守口東高等学校 教育交流

    3日 高校生発表会(一般市民向け) 京都駅前ベーコンラボ

    4日 奈良観光  東大寺

    5日 大阪観光  大阪タイ総領事館主催 王様誕生日パーテイー出席

    6日 北タイ高校生 帰国


(随行担当 畠山哲司 副理事長 総括談話)

 京都府立東宇治高等学校を皮切りに、峰山高等学校、大阪府立守口東高校 3校にて教育交流会を実施しました。北タイ高校生の日本語スピーチは原稿を全く見ることなくジェスチャーを交えて発表賞賛の拍手を浴びましたワラポーンさんのスピーチは私の宝物」母が買ってくれた私のからだという本を読んで、本が好きになりました。私は1年間に100冊以上読みますという場面では日本の高校生も驚きの表情でした。またプランパリヤーさんとタナワット君は日本のアニメを読んで日本語に興味を持ち、将来は日本語を生かした職業、通訳や先生になりたいと発表しました。同時にタイの伝統文化の発表それぞれの出身校の地域性のある特徴的な伝統舞踊タイ衣装をみにつけた高校生「ランナータイ」「ナーン川の伝統的なボートレースでの踊り」「ラムチューンプラクワン(お祝いのおどり)」を披露すると会場は静まりかえり踊りの終了では大きな拍手がありました。また府立3校の歓迎ぶり驚かされました。書道や美術の授業に参加して、作品を一緒に仕上げたり、けん玉のパフォーマンスやブラスバンドの音楽があったり実に多彩な日本らしい文化の発表でした。お互いの文化を交流する(異文化交流の)高校生たちの生き生きとした姿が印象的でした。

市民向けにも発表会を2回(もみじロイクラトン・高校生の発表か)実施することができました。

滞在中に大阪タイ総領事館や城陽市長 表敬訪問を致しました。「日本が上手ですね。」と感想をいただきました。

嵐山や金閣寺を始め、京都・奈良・神戸・大阪の観光も楽しむことができ、また抹茶体験や着物体験もでき、多くの日本での思い出を胸に無事帰国することができました。当協会は今後も両国の友好の架け橋を育てるべく同事業を継続していく所存でございます。最後になりましたが、ホームステイ、学校訪問、関西の観光引率等でご協力いただいた皆さまに厚く御礼申し上げます。

2014年

12月

07日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.14

さらばシーサケットよ!

 

最近、学生がしきりに職員室に来て、先生方に話しかけてきます。今までは、たびたびしか来ない私のところにも押しかけて来て、ですと聞くと、どうも試験の結果と今期の評価を知りたいようです。いつも学生には「普段からしっかり、予習復習をやっておけば、100点を取れる問題しか出しません」と言っているのですが、駄目な学生は、自習、復習を殆どしない(優秀な生徒はきちんとやっているが)せいで思ったように日本語が上達しない。「こんなとこ間違っている。この前何度も教えたでしょう」と言うと、「忘れました」としゃあしゃあと答える。酷いのになると、宿題を出すと、友達のを丸写しで、同じ所を同じように間違えて持ってくる。

その時その時を楽しく生きるタイ人の性格をよく現わしています。

 

急に学校の都合、期末試験が前倒しで行われつつあり、我々、先生方も試験問題を作るのに、大慌てです。

この予定で行くと、期末試験の採点、今期の評価を終えると、12月最初には、私の役目は終わり、することが無くなってしまうようです。

私の最初の計画は、こちらで、家内を待つてタイ北部へ行く予定でしたが、少し精神的にも疲れてきているようなので、一先ず日本に帰ろうかなと思い浮かべました。既に寒い日本ですから、タイの方が過ごしやすいのですが、何か無性にうまい寿司が食べたくなっています。

 

そこで帰国します」人文社会学部の学部長エムオン先生に話すと気を使ってくれて、学長から、学部からと記念品を頂き、また、学部のスタッフの皆さんと送別会を開いて頂いた。必ずまた戻ってくださいと念押しもあった。

本当に役に立ったかどうか分からないが、優しく、親切なシーサケットの人々、突き抜けるように澄んだ青空の下の静かな町、学校、同僚のタイ人の日本語学科の先生、怠け者だが、人懐こく、素直で明るい学生達のお蔭で、一応、何の事故もなく無事勤めあげられたと一安心です。

 

寮でいろいろお世話になったチャールズ夫妻(英語の教師)、韓国人のキム先生、

お隣のノイ先生一家、日本人の同僚のマキ先生、有難うございました。

シーサケット・・・・・・さようなら

 

別れの前日の朝、誰かが寮の部屋の戸を叩いているのに気が付いて、出てみると、1年生のガオさんと友達が立っており、「つまらないものですが、お礼です」と、しっかりした日本語で話し、スカーフを呉れた。ついジーンと来て涙が出そうになったが、「有難う。明日の試験頑張ってね」と声をかけ、記念写真を撮り、お返しは何もなかったので、日本のきれいな箸袋に入ったお箸をあげた。このシーンだけでも今回の僻地での教師生活が報われた気がしました。

 

4か月に亘る拙い滞在記にお付き合いいただき有難うございました。

 

追伸:「そんな時、突然、当学部にビックスキャンダルのニュースが・・・テレビ、警察まで巻き込んで起こった。その話は、帰国してからお話しします。

(日本タイ教育交流協会理事 廣瀬正和)

2014年

12月

07日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.13

いよいよこの大学とも後一か月でお別れすることになった。

 

早いもので、来た当初は、収容所みたいな寮に掘り込まれ、どうなることかと危ぶんでいたが、住めば都で何とか持ちこたえられた。

11月も半ばになり、一昨日あたりから東の涼しい風が吹いていたと思っていたら、昨夜から急に気温が下がり、TVニュースでは20℃ぐらいだとのこと、流石、タイ人学生はすでに長袖ジャンバーを上に羽織っている。まだ半袖なのは日本人位です。

大学は、一部を除き毎週、土・日が休みで、寮の学生達の多くも金曜日の夕方から自宅に帰るようで、寮のバイク置き場はガラガラになります。でもお隣のソシアルサイエンスのタイ人の先生は、日曜の午前中まで授業があり、それが終わってから、ウボンの娘に会いに行っているとのことです。

私の休みの過ごし方は、最近は固定してしまって、土曜・日曜の早朝は自転車で校内を約30分走ることにしています。大体、校内一周が10分足らずなので3周位を走ります。校内には、森に近い林、グランド等が点在していて、途中で、鳩や名の知らない鳥(ノックエアーのマスコット鳥)等が集まっており、時々、道路に挨拶がてらに現れ林に戻るリスにもお目にかかれます。寮に帰って、シャワーを浴びた後、朝食(主にパン食)、それから毎週土曜日には、町のお寺にある屋根だけのマッサージ屋(マッサージのおばさん達が自然と集まって仕事をしている感じ)に出かけます。完全にローカルで、料金も安く(チップ20バーツ込で2時間240バーツ)午後に行くと近所のおじいさんたち一杯で、結構待たされるので、できるだけ早く出かけます。最近は、ラチャパット大学の先生だと知り、顔なじみになり、冗談も言ってくれます。先日も、「先生、一人で寂しいでしょう?何なら私が行ってあげようか?」と言ってきたので、いや、私、年寄りは結構、寮には若いのが一杯いる(女子寮だから)ので間に合っています」と言って大笑いになりました。

マッサージの後、近くにあるタラート(市場)に1週間分の鳥・豚肉や野菜を仕入れ、また、モーターサイで寮に帰ります。ただ、買う量が少なく、最初は市場のおばちゃんも拍子抜けの感でしたが、その内顔を覚えてくれ、今では、少々はおまけをしてくれる様になっています。モーターサイの兄ちゃんとも顔見知りになり、電話一本で迎えに来てくれるようになりました。

最近になって、毎日曜日、韓国人の教師キムさんに誘われて、ゴスベル教会に行くことにしている。美しい讃美歌を聞きに行くことと、通訳の可愛いプロイさんに会うのが目的で、敬虔な信者さんの目にどう映っているか知らないが、毛色が変わったのが来ていると好評のようである。

 

今朝、冷蔵庫を開けた途端、卵ケースが外れて下に落ち、昨日買ったばかりの卵が全滅。

韓国メーカーの冷蔵庫を恨むこと恨むこと・・・あーあ・・・

(日本タイ教育交流協会理事 廣瀬正和)

 

2014年

11月

30日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.12

卒業式

大学で最も華やかなのが卒業式だと言われています。

一般的に、毎年、10月末に行われるのですが、地方の当大学のようなあまり大きくない大学は、近隣の県の大学を纏めて本チャンが、王室のご列席の下行われ、王室ご列席者から卒業生一人一人に卒業証明書が渡されます。チュラロンコン、タマサート等の有名大学の卒業式はTVで放映されるようです

そして各大学でのプレ卒業式が、この大学でも執り行われ、その予行演習を含め、大学は約1週間授業が休みになり、我々、下々の教師は、式に出席する必要がなく、自宅待機です。

その卒業式当日、大学は、家族の車と人、卒業生の高校の後輩等の、卒業式グッズ(花束、何故かぬいぐるみ等)を売る業者で埋め尽くされます。家族にとっても、家計をやりくりして子供たちを卒業させた喜び、村人への誇りがそうさせるのでしょうか、用意された飾りの前で、卒業式グッズを胸に抱いた我が子と家族一緒で写真を撮る風景が、あちこちに見られます。この卒業式の写真が、タイ人の家を訪問すると飾られているのをよく見ます。

また、同じ高校の下級生でしょうか、練習してきた掛け声、踊りなどで先輩をお祝いし、式を盛り上げます。

 

卒業した後、学生達は、世間の荒波にもまれながら、しっかりとタイ国の発展に寄与してくれるのでしょうが、楽しそうに家族、友人たちと写真を撮り合っている学生を見ると、体に気をつけ、自分の進む道を見極めてくれることを祈りました。

 

また、現在の日本語学科に在籍している約70名の1~3年の学生達が、一人の落伍者も無く、卒業でき、習った日本語を生かして日・タイ友好を広めてくれることを念じました。

 

昨日、2年生に確認しました。この大学を卒業したら何になりたいか?殆どが日本語の先生になりたいとのこと。嬉しいやら、心配するやら・・・

(日本タイ教育交流協会 理事 廣瀬正和)

 

2014年

11月

12日

タイからの提言② -海外日本語教育のあり方-

海外日本語教育のあり方 (続編)

著:廣瀬正和(日本タイ教育交流協会理事)


この話はタイでの日本語教育の大きな問題になっています

実は、今、タイの教育界(特に大学)で大きな問題になっているのが、一つの大学のコースに対する先生の数を指定していることで

例えば、日本語学科を持っている大学は、少なくともマスター課程を修了した教師が5名必要としている。2年間この数が未達の場合、コースとしては認められない。当然、学生はこのコースでは卒業できない。しかし、日本人教師でマスターの資格を持っている人は、ごく僅かであり、そのため日本人教師の中には、マスター資格を取るため、日本に帰って大学に通う人やタイの大学の日本語コースで勉強する人も有るようです。この大学でも、今、資格のある先生は、タイ人教師の2名と今現在、資格を取るべく論文提出を行っているタイ人先生1名しか居なくて、あと2名の先生を求めて、あちこち手を伸ばしている様子ですが、なかなか見つからない様で

これに関して、既に、タイのニュースでも流れたようですが、チョンブリにあるB大学では、日本語学科閉鎖のうわさが流れ、学生達が政府に抗議しているとのことです。

特に、タイでの有名大学は、それなりのスタッフを持ち、体制はしっかりしているのですが、新興大学は人材集めに苦労しているようです。とりわけ、東北部まで来るマスター資格を持った先生達は、待遇・環境を考えると少ないように聞いております。

その点、中国語科については、中国政府がマスター資格のある先生を、十分な数だけ送りこんでいる様で、学生数も増加しているようです。

 

また、歴史ある大きな大学は、マネジメントの面でも、しっかり行われているようですが、新興大学の上層部は兎も角、末端の学科の先生達はまだ若く、日本の大学との交渉事や、学科の切り盛り等のマネジメントの面では、まだまだの感があり、学部長からは出来るだけのアドバイスをしてくれとの言葉もあり、お節介好きの私などが、口を挟まざるを得ない状況です。(家内からはボランティアで来ているのだから、余計なお節介はしない方が良いと叱られていますが)   (つづく)

2014年

11月

12日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.11

早くもシーサケット便りも11便になった。約2か月が過ぎようとしている。

先日、今年初めて開催されたこの大学の社会学部祭が執り行われた。

学長肝煎で、予算をふんだんに使っての祭りであった。学生達が模擬店も開き、日本語学科の学生もたこ焼き、寿司、アイスクリーム等を販売し、大いに繁盛していた。また、

近郊の小学生から高校生までもが様々なコンテストに参加し、彩を添えた。

入賞者には賞金も出、私はコスプレとカバーダンスコンテストの審査員の一員をやらされて、参加者が、日本語で「こんにちは、~校から来ました。どうぞよろしくお願いします」と言われると、自然とそちらに引き込まれる危険性も感じた。

私は参加していないのだが、朝、5時半頃から僧侶の読経で始まったようで、延々夕方、4時頃まで色々な催し(歌、踊り、小学生の劇等のコンテスト)が続き、入賞者の付き添いの先生方は、ホクホクの顔で賞金を受け取っていた。

エー先生のサトリーシリケット高も、多くの部門で参加され賞金を受け取っていた。

これも大学のPRの一環で、多くの学生が応募するように大学のオープンキャンパスを行っているのだろう。

 

先日、国際セーバーの会の、佐藤隆子さん一行が、訪問され、学長への表敬訪問後、日本語学科の学生達と巻き寿司を作ったり、書道を実習したりし、夜は、学生も交えバーベキューパ-ティーを催し、大いに盛り上がった。この会は、イサーンでの里親制度の推進や留学生の受け入れ等を中心に活動されており、佐藤さんは以前、7年間ほどシーサケットの高校、大学で教鞭をとられた実績があり、教え子も多く参加していました。

イサーンでの日本語教育の先駆者として大いに感謝されているようです。

今回も、セーバーの会の佐藤さんのお力添えで、当大学の学生二名が、京都教育大学の

日本語プログラムに参加できることになった。

(日本タイ教育交流協会 理事 廣瀬正和)

2014年

10月

11日

第6回 北タイ高校生招聘プログラム概要

【北タイ高校生招聘】

 11月23日〜12月5日に実施する招聘事業の概要が固まりました。本年も日本語を学習しているタイ北部地方の4名の生徒を招聘いたします。




(招聘生徒)

Pranpariya Duangsawang さん(チェンライ・サマキー高校2年生

Thanawat Buasiaw くん(ナン・プア高校3年生)

Waraporn Trakoolderm さんピサヌローク・チャルームクワンサトリー高校2年生

Bussababun Kannikaさん(クンユアム・ウィタヤ高校)

(引率者)

Rattiya Siriwong 先生(チェンライ・サマキー高校 日本語教師)


(行事)

11月29日(土) 京都散策

11月30日(日) 紅葉ロイカトン祭

12月3日(水) 日本語スピーチ・タイ舞踊発表会

12月4日(木) 奈良散策


ご協力宜しくお願い致します。

2014年

10月

09日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.10

学生について(その2

丁度、今期の中間テストが始まった。担当の先生が、問題を出し、テストを行うのだが、格差があり、問題を出すのに苦労する。取り分け、1年生は、高校で日本語を習った学生とそうでない学生との格差がひどい、試験問題の字が読めない学生もおり、タイ語で注釈を付けてもらうこともした。それに加えて、当教室には3年生からの落第生2名と2年生からの落第生を1名含んでおり、落第の理由が非行・出席日数の不足の故らしく、彼らは優しい問題は楽々パスしてしまう。

テストがまた非常に問題がある。カンニングが蔓延していて、彼らはすることに全然罪悪感がなく、周りも何も言わない。流石、2年生や3年生には見受けられないが、1年生は、人の答案を盗みしようとする。

先日、模擬テスト的なものをやって、40点しか取れなかった者が、いきなり100点を取ってしまう。一生懸命勉強してきたと思えばそれで良いのだが、タイ人先生もそれはあり得ないと言う。紙に書いて廻す手もあるようで、少数では、可能だが、学生が4,50人になると目が届かない。そこで、平常点をかなり加味する必要もある。

中間テストの結果

案の定、点数のいい学生と悪い学生のバラつきがひどい。でも仕方がないのでありのままの採点をする。タイ人の先生が、50点以下は認められないとのこと。どうすればいいかと聞くと、同じ問題を出し。再テストを行う。それで一定以上の点数を取る(多分、60~70点以上)と50点を与えパスさせるとのこと。でも、点数が取れないときはどうするのだろうか?普段の活動では活発な良い学生なのだが、テストはからっきしなのが・・・、Mさんしっかり頑張ってね!

買い置きのコメに大量のコクゾウムシが発生しているのを発見、捨てようかどうしようか?(つづく)

(日本タイ教育交流協会理事 廣瀬正和)

 

2014年

9月

28日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.9

学生について(その1)

全体に地方の大学の学生は大体同じようだが、この大学の学生は怠け者が多いらしい。

これはタイ人の先生が言うのだから間違いないと思う。宿題をしっかり出さないと家や寮で勉強など殆どしない。(家や寮がそのような環境でないのかもしれないが)

ですから、宿題も学校でする、ひどいのは他の科目の授業中にしている。また、殆どがパソコンを持っており、休み時間には、それに没頭している。インターネットを通じて、日本文化の情報(特に、音楽、アニメ)についても、非常に詳しい。私の年代では知らない情報を持っており、私に聞かれても知らないことが多い。(例えば、先日、イベントで「初音ミク」の音楽を聞かされ、初めてその存在を知った)

そして、彼らは、入学して4年後に仕事を探すのだが、(4年生は実習で、企業や会社に行っており、殆ど学校に来ない・・・・私が教えに行った近くの高校に、この大学の日本語学科の4年生が実習に来ていた)地方では公務員以外殆ど仕事がないので自然と、バンコクに仕事探しに出かける。が、都会の学生とは差があるので、普通の学生は、相当苦労するようだ。親にしてみれば、貧しい中、なけなしの金をはたいて大学までやったが、無職でぶらぶらされては、堪ったものでない。

でも、彼らは学校での祭り、イベントには、目の色を変えて色々な趣向を考えてくる。

また、その芸や出し物の習得には短時間で成し遂げる驚かされる。タイ人特有のサバイ・サヌックの世界なのだろうか?

しかし、皆、素朴で、純真な彼らを見ると、自然と教えるのにも力が入り、何とかしてあげ様と思うのも日本人だからなのだろうか

相対的に、教室で前に座っているのは、成績のいい学生である

アメリカ人の英語の先生などは、職業に徹しているようで、1クラス100人を超える学生にきっちり教えるのは無理だと割り切っている。

成績の悪い学生を進級させないとなると、親が飛んで来て事務局に談判するとの話も聞かされた。お金で解決する方法もあるらしいが、貧しい彼らにはそんな貯えもないのであろう。(つづく)

(日本タイ教育交流協会理事 廣瀬正和)

2014年

9月

20日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録 vol.8-

 早いものでここシーサケットに来て1か月半が過ぎたので、ここで日常生活のお披露目をします。

来た当初、寮の汚さ、水道の水の汚さ(地下水を汲み上げているので時々砂が出てくる)、に逃げ帰ることも考えたが、住めば都で何とかここの生活に慣れてきました。ある外人先生によると、以前、中国の学生が留学生としてこの大学に来たそうですが、1週間で逃げて帰ったようです。

当然、タイの田舎の生活はこんなものなのでしょうが、お隣の県のウボンに長い間滞在されているM氏の話では、イサーンの他の場所では、こんなものでないらしく、本当に日本人は我慢強いんだなと感心します。

 

この寮は2棟あり、完全な女子寮部屋は全部で100室位あります。その内の西棟の1階は教師の部屋になっており、主に外国人教師が入居しています。今は、夫婦1組と単身者5人が居り、一応、各部屋は温水シャワー(あまり湯が出ない)、洗濯機、エアコン、冷蔵庫等が備わっており、殆ど電化製品がない学生部屋とは格差があります。

部屋は、1室10畳くらいの広さで、そこに簡易ダブルベッド、テーブル、ロッカーが並べられ、トイレ・シャワー室、簡易炊事用流し台は室外にあり、外の窓には網戸が張られています。(私の部屋は、前任者の日本人教師が使っていた部屋で、割と整備されているが、他の部屋は外の窓の網戸がない部屋が多い)しかし、建ててから10年が経ち、設備は老朽化し、あそこが悪い、此処を直せと、学部長や主任の先生に言っても埒が明かないので直接、管理人に言うので、管理人は煩い日本人が来たなと困惑気味です。

日本に比べ、タイでは、生活するのに水(飲料水・調理水)が一番大切で、この寮の水道は地下水の汲み上げのため調理には使えず、調理用に1ガロン12バーツの水を買います(日本人だけかも?)。また、一番の問題は、町から離れていて買い物に行くのに不便なことでを持っている先生に同乗させてもらうか、タクシーを呼ぶしか方法がないので、食事は、自然と学生食堂か、学校前のレストラン街?(屋台)になる日が多くなります。ただ、連日タイ料理では飽きてしまうので、時々、自分で水炊き紛いの物を作ったり、ロータス(大型スーパー)で買ってきたもので炒め物をしたりして、お腹を膨らましています。(つづく)

(日本タイ教育交流協会理事 廣瀬正和)

2014年

9月

08日

タイからの提言 -海外日本語教育のあり方①-

   海外では、日本のマンガ・アニメをきっかけとした日本語学習意欲が若い世代を中心に高まっています。現地学生の日本語学習意欲にどう応えていくのか、政府・民間ともに知恵を出し合わなければなりません。

   クールジャパン戦略や訪日外国人2000万人目標が論じられる今、タイの高校・大学で単身、日本語教育に取り組む日本人ボランティアの視点から「海外日本語教育のあり方」について発信していきたいと思います。


「タイからの提言-海外日本語教育のあり方-」

NPO法人日本タイ教育交流協会理事 廣瀬正和

(タイ・シーサケットラジャパット大学日本語教育ボランティア)


日本語教育の実態について報告します。

これはあくまで私個人が聞き、見た実態で、違った情報もあるかもしれません。   


   イサーン地域の日本語教育については、この大学もそうですが、学校としては喉から手が出るほどネイティブな日本人教師が欲しいのです。しかし、日本人教師の数は本当に少なく、居っても殆どがボランティア精神で来ている人が多く、日本政府がバックアップする姿勢も余り見られないのが実情です。たまに、教科書や教材を贈ってくれたり、スカラーシップで学生を一人二人、期間(1年位)を定めて留学生として日本に来させるぐらいが政府のとっている姿勢です。

   これに比べて、中国語は、中国政府の肝いりで、官費で教員を派遣し、学校にも教育費と称して資金を出しており、ある学校、第一外国語に中国語を指定したところもあると聞いています。また、派遣された教師は、住宅、給料などは優遇されているようです。

   韓国でも、この大学は、韓国語科はないですが、政府より派遣された先生が一人、長期滞在をしており「人間、社会工学研究と称して時々講義をしているようで、彼は豪華にホテル住まい(勿論、実費は政府持ち、給料は韓国教師待遇優雅な生活をしています。

   ですから、日本語に関しては、一般的に受け入れる学校自体、予算が少なく、ボランティアの色彩が非常に濃いです。

私も大学の近くの高校から懇願され週1回教えに行っています。(大学も私が無給のボランティアであるので許可しているでしょうが)

   現状ですと、仕事として日本語教師をするのは、難しいでしょう。月給2万5千~3万バーツ位が相場で、月に手元に残るのが1万5千~2万バーツ位でしょうか。

   待遇から入ってしまいましたが、語学教育実態は、各学校とも英語をまずトップに力を入れており、次に日本語と中国語が競っているところです。でも、町の人たちや食堂のおばちゃん達は、日本語にかなり親近感をっており(これは真面目で勤勉な日本人先駆者のお蔭だと思います)日本人と分かると「おはようございます」「ありがとう」と片言で挨拶してくれます。

   この大学(マハー・ウィタヤラーイ)の例で実態を報告しますと、学生達はレベルの差が非常にあります。高校(ウィタヤラーイ)で勉強した学生と大学へ入ってから勉強する学生とを一緒に教えるのは、非常に無理がありますが、タイ人の先生方は無頓着に教えています。例えば今年の新入生は45名でその内半分が日本語の読めない学生です。

来期からは二クラスに分けて教える方が、双方とも進歩すると思い提言してますが、どうなることやら・・・。それと問題は、教えるカリキュラムの内容が、きっちりと決まっていない点です。

私自身、此処へ来て、読解、作文、ビジネス日本語を教えるように講座を組み込まれましたが、教材は、決まっていなくて、適当に日本語教育の本から抜粋して、教材を作り教えているのが実情です。

   でも、確実に日本語学科の学生数は増えており、現在、3年生5名、2年生24名、3年生45名となっており、4年生の人数は分かりませんが、実習で高校の日本語教室に教えに行っています。(つづく)

2014年

9月

06日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.7

先生の日(ワン アジャーン)

タイのどの学校でもあるようだが、1年に1回(木曜日)、先生に感謝をする日のセレモニーがある。

   前日に学部長が、スーツを着て来てくださいとの話があったが、何時にどこに集合し、どのような行事があるか全く分からない。主任のゴーン先生に聞いても要領が得ない。まあ、8時半に来れば何とかなるだろうと教員室に来てみたが、何の指示もなく、誰も来ない。9時が過ぎたのでもう一人の先生と日本人同士で寮に帰りかけると、途中で英語教師のチャールズ夫妻に出会った。彼等の話で今から大ホールでセレモニーが始まるとのことが分かり、急遽、大ホールに向かう。大ホールでは先生方が着飾って整列していた。

   正式な礼服に、卒業校を表すガウンを羽織、ドクター称号の先生はキチンとバッジを付けている。我がゴーン先生は、タマサート大学のガウンを羽織って皆から一目置かれている様子、ドクターがごろごろおり、タイが完全な学歴社会である一つの証明である気がした。

   前置きが長すぎましたが、セレモニーの内容ですが、これがまた凄くて感動の連続でした。大ホールで4,000程の学生が整列し、学歌?を歌う中、先生方が静静と並んで行進し、壇上に上がり、式が始まる(私もその列に加えてもらえました)まず最初に、お決まりのタイ音楽・タイ舞踊が奉納され、次に学生達が学生の本分・規則を誓唱した後は、学生たちが、一晩ほとんど寝ずに作ったすごい数の飾り物「パーンワイクルー」を学生達跪いたまま先生方に次々に手渡し、式は最高潮に達する。その後は、学生の表彰が行われ、ここで奨学金の授与も行われる。後、学長の言葉等があり、最後は、また、学生たちの歌声の中、先生達が退場してフィナレーを迎える。タイでは、先生への尊敬が非常に強く、先生の地位非常に高いところにあることを実感した。

いずれにせよ、日本では見られない、本当に感動したセレモニーであった。(つづく)
(日本タイ教育交流協会理事 廣瀬正和)

2014年

9月

05日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.6

   3年生の授業の後、皆でカレーライスを作りました。丁度、エアコンが入っている日本語教室に調理場があり、調理器具が揃っています。しかし、当然、カレールウは日本製であっても、材料はタイの物、味もかなりタイカレーに似てきます。まず、定番のじゃがいも、玉ねぎ、にんじんはOKなのですが、肉は豚肉、そこに唐辛子が刻まれ入れられ、ソーセージも、キノコも入ってくる。但し、コメは、現地産の日本米を使用。1時間ほど煮て最後にルウが入れられ、また、そこにタイ製のダシが加えられ出来上がり。結果、お味の方は、完全に日本タイ友好カレーといったところで、日本語学科の先生、3年の学生(一部の2年生も参加してましたが)とも満足げでありました。そこに、学部長も現れ、賞味して、初めて日本製のカレーを食べたと喜んでいました。食を通じて多文化共生の一端が伺えた一日でした。

 

   話は変わりますが、タイの大学にいると驚かされることが、日常茶飯事で現れます。

   今日は突然、大学の構内でお祭りが出現しました。授業に行こうと、1年生の教室(日本語学科のある建物とは別の建物・・・常時出席者が40名位と人数が多いので)に向かうと、その通路の両側に、出店が出来ており、食べ物、雑貨の店が並んでいる。

   丁度、教室の横にある広いスペースには舞台が設けられ、飾り付けがなされていた。その周りを着飾った中学生位の生徒が屯していました。

   さて、教室で今日の授業の日本語のヒアリングの準備のため、カセットデッキを用意していると突然、太鼓の音が響き、歌声も聞こえてきた。煩くて仕方がないので、ボリュームを上げざるを得なくなり、こりゃどうなっているんかと学生たちを見ると、別に普段通りの状態です。驚いているのは日本人教師だけ、これもタイなのかなと思い知らされました。

   田舎では、このようなイベントをする場所がなく、広い建物がある大学構内を借りて実施されるのだと自分で納得した次第です。そう言えば、先日の職員会議で、学部長がしきりに祭り云々の言葉を発していたことを思い出しました。

でも感心したことは、このような行事にすぐ出店が出現することです。どこでニュースをつかんでくるのでしょうね。(つづく)

(日本タイ教育交流協会理事 廣瀬正和)

 

2014年

8月

24日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.5

今日も母の日(女王様の誕生日)の振替日で休み。

昨日は、スポーツセンターのグランドで催し物が有り、多くの学生が集まっていた。バンコクからもサッカーのチームやバスケットチームも参加していた。

夕方、愛車(自転車)で散策した時にスポーツセンターに散らばっているゴミの多さに驚かされた。

以前より、タイでは、このようなイベントの後の散らばったゴミの多さに不快感を持っていたのですが、学生でも同じ有様に驚かされる。


昔、あるタイ人に聞いたのだが、「皆で奇麗にするとゴミを集める人の仕事を取ってしまう」と宣まった。ホントだろうか?

勿論、会社でもタイ社会でも掃除する人、お茶出しする人は別に居る。


余談ですが、以前、タイ法人に勤めていた時に、社長のお客には秘書からお茶を出すようにしていたのだが、今は、社長秘書も置かず、メイドにその仕事をさせているようです。これが階級社会と言われる所以なのでしょうか。

 

今日は、休みで寮も閑散としている。近くで昼飯を食べようと思っても殆どのレストラン?も休業、寮のミニマートも閉まっていた。どうしようかと部屋の前をうろうろしていると、隣のパブリック・サイエンスの先生のノイさんが、お寺(何でも1000年前の)に行きませんかとの誘いを受けた。

暇なので、諸手を挙げて行きますと答え、車に乗せてもらった。一家で行くらしく、旦那のネットさん、一人娘のニムちゃんと4人で寮から20KMあるところのお寺に、途中で昼食を取った後、向かった。お寺は、遺跡だけがあり、大した印象を受け無かったのだが、ノイさんの家族に関心が向き、聞いてみると、ノイさん一家は、旦那はバンコクで働き、ノイさんはシーサケットで先生をし、子供は隣の町のウボンラチャタニに住む両親に預けているようです。

一昨夜から、隣室が賑やかで、子供の声が聞こえたので何かな?と思っていたところで、ノイさん一家が久しぶりに顔を会わせたようでした。

タイ人家庭では、一家バラバラで生活して稼いでいるケースが多く、子供は大体、母親の実家に預けられ、久しぶりに会うと子供は親にべったりで、親は子供の願うことには何でもOKとのことです。タイ人は、一般的に子供を本当に甘いです。

この大学に来ている学生たちは、殆ど新車のバイクを親に買ってもらっており、タイ人の先生の言によると、まだ持っていない学生は、今秋、コメの収穫が終わったらそれを売ったお金で、バイクを買ってもらうようです。

日本で今、たびたび報道されている子供虐待とは無縁の世界です。(つづく)

(日本タイ教育交流協会理事 廣瀬正和)


2014年

8月

20日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.4

女王誕生日(母の日)の振替日を含め4連休。マッサージでもして貰おうと、ちょっと町まで行こうと思ったが、学校の寮は、町から4~5km離れていて、私の乗り物(自転車)では、暑くて、危険でとっても行けない。

そこでつい最近出来たタクシー会社に電話して寮まで迎えに来て貰うことにする。寮にあるコンビニのお嬢さん(これがかわいくて、英語がとっても上手い、何でもカナダへ1年間留学してきて、帰りに日本にも寄ってきましたよとのこと)に電話をかけて貰い、5分くらいでタクシーが到着、無事、町まで行けました。

町は、他のタイの地方の町と変わりなく、高い建物はなく、中心に、国鉄の駅、役所、銀行、お寺などが並んでおり、駅の近くの市場を覗いてきました。早朝は賑わうのでしょうか、昼頃なので、店の隅で人がごろごろ寝ていました。

駅近くのマッサージ屋は、自分の家でおばさんが、オーナーとマッサージ師兼任でベッドが3つくらい置いてあり、値段も2時間400バーツ(オイル込)で腕もワットポーで習ったというだけあって、なかなか上手いものでした。


後日談、翌週また、マッサージをしようと町に行き、市場でどこが良いか聞いたところ、果物屋のおじさんが、「そこのお寺にあるよ」と教えてくれたので

早速、お寺の中を探していくとマッサージの看板が出ていたのでそこで交渉し、

2時間やってもらった。当然、オープンエアーで扇風機がガンガン回っており、

服を着たままでマッサージをされた。値段は、バカ安で220バーツ、チップを

50バーツあげても300バーツでお釣りがくる。腕も他と遜色なく、これかこを使うことに決めた。(つづく)

(日本タイ教育交流協会理事 廣瀬正和)

2014年

8月

18日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.3

朝、授業をするために教室に行くと学生たちはジャージ姿で、先生何にしに来たのかなという顔。聞いてみると今日は、活動日で植樹に行くと言う。

授業はないのかと又聞くと、今日はありませんとの答え。

嗚呼!せっかく早出して授業用の教材をコピーしたのに!

後で他の先生に聞くと、こんなことは日常茶飯事で、前日に変更などが発表されることもあり、連絡が十分行われないようである。(特にタイ語で張り出されるので、外人教師には伝わらない)

 

放課後、初めての外国語学部の会議があった。日本で言う職員会議か?

一応、私も教師の一員として呼ばれたようだ。(他の外人は誰も呼ばれていない)

会議は、エモン学部長がレジメを基に早いタイ語で喋り捲り、他の教師は

ただ聞いているだけ。私などは時々、単語はわかるが全然意味が分からない。

途中、説明事項の詳細については、担当の教師に振られ、それに彼女たち(90%が女性教師)は答えていた。

ただ、前のタイ駐在時でも思ったのだが、子供がこの会議に出ている。先生の誰かの子供だろうか、家で置いておけない子供は、会社や学校に連れてきて、部屋を出たり入ったりしている。他の誰もそれに違和感を持たない。日本では考えられないことで、これがタイなのでしょうね。(つづく)

(日本タイ教育交流協会理事 廣瀬正和)

2014年

8月

15日

「終戦の日」

 本日、69回目の「終戦の日」を迎えるにあたり、先の大戦で犠牲になられた全ての皆さまに心から哀悼の誠を捧げるとともに、世界の恒久平和を祈念いたします。

 

 先の大戦において、「日泰攻守同盟」を締結していた我が国とタイ国は共に同盟国として戦いました。日本軍が駐屯していたメーホンソーン県クンユアムでは、戦時中に日本兵と現地住民の間で「友情の絆」が結ばれ、その絆は戦後69年が経過した今でも色あせることがありません。

 終戦後、敗戦国となることを免れたタイが、日本の国際社会復帰に尽力したことをはじめ、両国の政治・外交・経済・文化の結びつきは、我が国の歴史の中でも特筆すべき二国間関係だと言えるのではないでしょうか。

 地域の不安定化が指摘されている今、日本とタイが共に手を携え、地域の安定と発展にリーダーシップを発揮していくことが求められています。

 日本タイ教育交流協会では、戦時下で芽生えた「友好・友情の絆」を次世代へ引き継ぐとともに、将来の両国関係を担う青少年を育成し、我が国とタイ王国が真のパートナーとして地域の安定と発展に寄与できるよう、「草の根市民交流」に努めて参ります。

 

 結びにあたりまして、先の大戦で犠牲になられた全ての皆さまに心から哀悼の意を表すとともに、戦後69年の間、我が国とタイ王国の友好親善に取り組んでこられた先人の皆さまに心から敬意を表し、69回目を迎える「終戦の日」の声明と致します。

 

                  特定非営利活動法人 日本タイ教育交流協会 事務局

2014年

8月

12日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.2

こちらに来て10日が過ぎました。殆ど毎日雨が降ります。
寮から日本語学科のオフイスまで徒歩で10分足らずで着きます。
でも校内は、歩いている人は殆どいなくて、バイクか車、たまに自転車で動いています。
雨の降る日に傘をさしてとぼとぼ歩いて学校に行く先生は、生徒たちにどう見えるのか?、あまりかっこの良いものでもないでしょうね。
 
8月1日から新学期が始まりました。その前に、いつものタイでのセレモニーであります学部長のエムオン先生に会い、何かプレゼントを頂き、これからよろしくお願いしますと挨拶が終わって、いよいよ授業の開始です。
私は、1年から3年までの担当ですが、どこの学校でも同じですが、女子学生が圧倒的に多く、9対1の割合です。(3年生は5名で女子学生3名ですが)今年は1年生の数が57名と多く、また、その高校での日本語の習得度合いがまちまちで、まとめて教えるのに苦労しています。
でも、学生は皆、明るく、親切に先生に接してくれます。
来週、3年生と日本語学科の先生とでお昼に、日本から持参したルウでカレーライスを作ろうと準備しています。
ところで、余談ですが、私の少し後で来られた日本人の女の先生は、久末眞紀子さんといって有名な登山家で、世界の7大陸の最高峰を征服された方だそうです。
 
学部長、日本語教科の先生、久末さん達、授業風景の写真を送ります。(つづく)
(日本タイ教育交流協会理事 廣瀬正和)

2014年

8月

07日

シーサケット便り -日本語教師奮闘録- vol.1

 本年8月からタイ・シーサケットラジャパット大学に赴任した廣瀬正和協会理事の「シーサケット便り」を掲載致します。廣瀬理事は、会社員時代にバンコク駐在を経験、退職後は当協会で招聘担当や文化交流事業の委員長を務めて頂きました。
 
 海外での日本語教育振興が国家的な方針となりつつある今、日本語教育ボランティアとして日本語教育に取り組む廣瀬理事の挑戦をお伝えします。
 
「シーサケット便り-日本語教師奮闘録-」 日本タイ教育交流協会 理事 廣瀬正和
 

半年がかりで、タイの大学での日本語教育のボランティアを実現出来ました。
場所は、タイの東北部イサ-ンのシ-サケット町にあるシ-サケットラジャパット大学です。7学部,、学生数は約1万名、教師数は600名の学校で設立10年を経ています。
私の属する外国語学部日本語学科は、1年生52名、2年生27名、3年生5名で、それを5名の先生・内日本人2名・未だ未だこれからの学科です。
今回は私の仕事は、新学期の8月1日から12月初旬迄で週火曜日以外の毎日午前中、1~3年生を教えることになっており、時間割をよくみると、何故か私の時間が
一番多くなっています!
学校の正門前の写真を送ります。凄い?寮などのお知らせは第2便で送ります。(つづく)

2014年

7月

02日

第2回 日・タイ・カルチャー・フェア

 平成26年6月28日(土)・29日(日)に「第2回 日・タイ・カルチャー・フェア」を開催いたしました。本年はタイ国ノンタブリー県からブッサバー舞踊学校少女舞踊団を特別招聘し、日本初公演を実施致しました。また、昨年に引き続き、タイ料理コーナー・タイマッサージ・ミニマーケット・NPO/NGOブース等も設置し、1000名を超える方にご来場いただきました。

 5月に発生した軍事クーデターにより、政情不安が指摘されているタイですが、このような時こそ市民同士による「草の根交流」・「民間外交」が欠かせません。お越し頂きました皆様に心より厚く御礼申し上げます。

 

          「第2回 日・タイ・カルチャーフェア」実行委員長  廣瀬 正和

           特定非営利活動法人日本タイ教育交流協会理事長   木村 滋世

「第2回 日・タイ・カルチャー・フェア」

主催:特定非営利活動法人日本タイ教育交流協会

   公益財団法人京都市ユースサービス協会

共催:京都市伏見青少年活動センター サラダボウルProject

後援:タイ王国大阪総領事館

   タイ国政府観光庁大阪事務所・京都新聞社

協力:タイ国際航空

開催日時:平成26年6月28日(土)11:30~17:00/29日(日)10:30~16:00

会場:京都市伏見青少年活動センター(京都市伏見区総合庁舎4階)

来場者数:1100名(2日間計)

 

・「開会式」にご臨席頂いたご来賓

(タイ側)

 ウィチット・チットウィマーン大阪総領事

 ウォラモン・ワルッタマ領事

 ティティヤー・パンマニー領事

(日本側)

 多賀久雄京都府議会議長

 兒島宏尚京都府知事室長

 村田正治京都府議(日タイ親善京都府議会議員連盟会長)

 尾形賢京都府議

 藤山裕紀子京都府議

 清水ゆう子京都市議

 

・開催プログラム

「ブッサバー舞踊学校少女舞踊団特別招聘公演」

「クンユアム展ー日・タイ友好の町ー」(企画:日タイ友好クンユアム青少年基金)

「アジア女性自立プロジェクト(AWEP)ブース」・「Pier Pier フェアトレードブース」

「タイ国政府観光庁大阪事務所提供ブース」・「タイ国際航空提供ブース」

「NPO法人ファーサイタイ・日本ブース」

「朝日カルチャーセンター水墨画展」

「サラダボウルProject活動紹介ブース」

タイ料理・タイマッサージ・カービング教室・タイ文字鞄作り・タイ絵本コーナー・

タイ映像コーナー・茶道コーナー等

2014年

6月

14日

タイフェスティバル2014大阪

 5月24日(土)・25日(日)、大阪城公園で「タイフェスティバル2014大阪」(主催:タイ王国大阪総領事館)が開催されました。開会式には大阪総領事館からご招待頂き、協会代表団として廣瀬正和・深谷京子・仲村邦彦・菅谷和真の各理事が出席致しました。

 また、総合案内所やタイ国政府観光庁大阪事務所ブースでは、協会パンフレットや6月に開催予定の「日・タイ・カルチャー・フェア」のパンフレットを設置・配布して頂きました。

2014年

5月

04日

第二回 日・タイ・カルチャー・フェア

 平素から協会活動に、ご理解ご協力賜りまして誠にありがとうございます。
 

 来たる6月28日(土)・29日(日)、二回目となります「日・タイ・カルチャー・フェア」を開催する運びとなりました。

 本年は、プミポンアドゥンヤデート国王陛下関西ご訪問50周年にあたり、我が国とタイ王国の友好親善促進、京都をはじめとする関西地域とタイ王国の経済的・文化的連携にとって節目の年となります。本事業が、その一歩となるよう関係機関と連携して取り組みを進めて参りますので、皆様のお力添えを賜りますよう、宜しくお願い致します。
 
 
「第二回 日・タイ・カルチャー・フェア」
 (日時) 平成26年6月28日(土)11:30~17:00/29日(日)10:30~16:00
 (場所) 京都市伏見青少年活動センター(京都市伏見区総合庁舎4階)
 (体制)
  主催:(特活)日本タイ教育交流協会・(公財)京都市ユースサービス協会
  共催:京都市伏見青少年活動センター サラダボウルproject
  後援:タイ王国大阪総領事館・タイ国政府観光庁大阪事務所・京都新聞社
  協力:タイ国際航空
  事業:京都市教育委員会「みやこ子ども土曜塾」登録事業
 (プログラム概要・予定)
  タイ国ノンタブリー県ブッサバー舞踊学校児童舞踊団によるタイ舞踊公演
  タイ料理、ミニタイマーケット、タイ楽器演奏、日本文化発信プログラム
  ルーシーダットン、タイ歌謡、NGO・NPOブース、タイ激辛コンテスト
  タイ歌謡、タイ関係機関・「日・タイ友好クンユアム青少年基金」ブース
 
なお、28日11:30~開会セレモニーを実施致します。皆様のご参加をお持ちしております。
 
                     「第二回 日・タイ・カルチャー・フェア」
                         実 行 委 員 長  廣 瀬 正 和
                         実  行  委  員  一  同

2014年

3月

11日

「東日本大震災から三年」

 東日本大震災から三度目の3.11を迎えました。お亡くなりになられた方々に哀悼の意を表するとともに、被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。
 
 3年前、大地震発生のニュースはタイでも大きく報じられました。当協会には安否を心配するタイ人からのメールが多く寄せられました。
 タイ政府も震災発生から3日後には、日本支援のため約2億バーツの緊急予算を組み、緊急援助隊派遣や救援物資提供を決定。その後、電力不足が心配される日本の為に、「ガスタービン発電機」を発電施設ごと無償で貸与することを決定しました。
 また、多くのタイ国民が日本に想いを寄せて下さいました。タイから日本に寄せられた義捐金総額は、アメリカ・台湾に次ぐ約20億円にも上り、一部の学校では哀悼の意を込めて半旗が掲げられました。当会が交流している地域は、まだまだ発展が進んでおらず、経済的に豊かではない住民も多いですが、彼らが日本のために自らの大切な生活費の一部を募金してくれたとの話を聞き、涙が止まりませんでした。
 下記リンクは、タイの有名歌手Thongchai McIntyreさんの「Thai For Japan : เบิร์ด ธงไชย แมคอินไตย์」です。タイの方々から、日本への応援メッセージが映っています。是非一度、ご覧ください。
 震災から3年が経ちましたが、なかなか復興は思うように進んでいないのが現状だと思います。でも、私たちは一人ではありません。私たちの周りには、手を差し伸べてくれる友人がたくさんいます。戦後、驚異の復興を成し遂げた私たち日本人なら、必ず大震災からの復興を成し遂げることが出来ます。

 

 良き友人に恵まれた日本。この友好関係を次世代へと引き継がなければなりません。

「頑張ろう、日本」その想いを胸に、私たちにしか出来ない活動を全力で行って参ります。

 

特定非営利活動法人日本タイ教育交流協会

2014年

3月

10日

大阪アジアン映画祭

大阪アジアン映画祭でタイ映画「フィンすごい」を鑑賞した市村幹事のレポートです。

「大阪アジアン映画祭」

担当:タラート市村(日本タイ教育交流協会 幹事)

 タイ映画「フィンすごい」(เลิฟสุดจิ้น ฟินสุโค่ย、邦題「すご~い快感」)が3月8日、第9回大阪アジアン映画祭で上映されました。タイでの公開に先駆けた世界初公開で、会場のテイジンホール(大阪市中央区)にはタイ映画ファンら約200人が来場しました。

 女主人公ヌナ日本のロックバンドの熱狂的なファンで、そのバンドのボーカルのマコトとミュージックビデオで共演するチャンスをつかみます。撮影が進むにつれマコトと恋に落ちるヌナ。ボーイフレンドのクローンは嫉妬心を燃やし、別れを切り出します。二人を取り巻く友人たちの恋模様も様々に展開する中、マコトがヌナと交際宣言。さて、ヌナはどうするのか?

 20歳前後の若者が登場するラブストーリーですが、さすがタイ映画だけあって、単純な男女の恋物語ではありません。クローンに恋心を持つ義理の弟や、その義理の弟のことが好きなゲイの友人、ヌナを愛しているという女友達のハム、そのハムを愛するノーマル男性…。タンワーリン監督が得意とする、ジェンダーの多様性がたっぷりと描かれています。

 上映の前後には、タンワーリン・スカピシット監督と、マコト役の越中睦士(こしなか・まこと)、クローン役のเศรษฐพงษ์ เพียงพอ(セータポン・ピアンポー=愛称タオ)、ハム役のศุภนาฎ จิตตลีลา(スパラート・チットリラー=ティナー)が登壇し、盛んな声援を浴びていました。
 残念ながら主役のอภิญญา สกุลเจริญสุข(アピンヤー・サクンチャルーンスック)は来ていませんでしたが、越中さんが、ヌナの日本語シーンでいろいろとアドバイスをしたという裏話を披露してくれました。また、ティナーが劇中で歌うシーンについて会場から質問があり、「自分で実際に歌いました」とティナが回答すると、会場からは大きな拍手が湧きました。


この映画のタイでの公開は5月ごろの予定です。

そのころタイに行かれる方は、ぜひご覧ください。https://www.facebook.com/FinSugoi

(写真説明) 舞台で花束を受ける、左からマコト役の越中睦士(こしなか・まこと)、クローン役のเศรษฐพงษ์ เพียงพอ(セータポン・ピアンポー=愛称タオ)、ハム役のศุภนาฎ จิตตลีลา(スパラート・チットリラー=ティナー)、タンワーリン・スカピシット監督

2014年

3月

09日

「クンユアムプロジェクト」

 当協会は平成26年2月25日、タイ王国大阪総領事館ウォラモン・ワルッタマ領事立会いの下、京都洛東ライオンズクラブ様(近藤正信会長)・クンユアムウィタヤ高校(シアン・ティパロット校長)との間で三者間協定を締結致しました。

 本協定の締結により、クンユアム高校生による日本兵墓地の清掃活動、現地高校生に対する奨学金給付、同高校「日本語クラス」運営支援を柱とするプロジェクトを本年度から5箇年に渡り実施することが正式に決定致しました。日本兵墓地保全と奨学金給付、日本語教育振興を複合的に取り組むプログラムは、日本初のものであると存じます。

 タイとミャンマーの国境に位置するメーホンソーン県クンユアムは、第二次大戦中日本軍が駐屯し、現地住民と深い友情で結ばれたことから、親日国タイの中でも屈指の親日的地域と言われています。インパール作戦の失敗により撤退してきた日本兵を献身的に看護し、亡くなった日本軍兵士を埋葬したのもクンユアムの住民でした。現在も親日感情は強く、現地の高校では日本人ボランティア教師・桑原ゆき子先生による「日本語クラス」が開講され、多くの生徒が日本語を学習しています。

 クンユアムには、現地住民によって埋葬された日本軍兵士の墓がありますが、戦後70年という時間の経過、険しい山岳地帯という地理的要因等によって、日本人の手で管理・保全することが極めて厳しい状態となっていました。戦禍に散った先人の尊い犠牲の上に生きる者として、落ち葉に埋もれ、朽ち果てていく墓を放置しておくことは出来ませんでした。

 今回、日タイ親善京都府議会議員連盟のメンバーとして日本とタイの友好親善に平素から取り組んで頂いており、ご自身も日本兵慰霊のため、メーホンソーン県クンユアムを訪れられたご経験のある菅谷寛志京都府議のご尽力により、日本兵墓地の保全・現地高校生への奨学金給付、日本語教育振興を柱とした本プロジェクトを始動させることが出来ました。 
 日本兵墓地の保全を進め、そして戦禍の中で結ばれた絆を次世代へと引き継ぐことが、今を生きる我々の責務であると思います。「友好の絆、次世代へ」をモットーに、今後も本プロジェクトを軸としたクンユアムとの交流活動を促進して参ります。
 結びにあたりまして、本事業の趣旨にご賛同下さり、プロジェクト資金をご提供頂いた京都洛東ライオンズクラブの近藤会長はじめ会員の皆様に、心より厚く御礼申し上げます。

 

                  平成26年3月9日

                  NPO法人日本タイ教育交流協会

                  「日・タイ友好クンユアム青少年基金」事務局

2014年

2月

16日

「クンユアムプロジェクト」いよいよ始動へ。

 1月30日、日本タイ教育交流協会「日・タイ友好クンユアム青少年基金」が京都洛東ライオンズクラブ(京都市)の資金提供によって実施する「京都洛東ライオンズクラブ 日本・タイ友好クンユアムプロジェクト」について、当協会の木村理事長とクンユアム高校(Khunyuam Wittaya School)のシアン・ティパロット校長が協議を行い、クンユアムにおける実施体制等について最終合意致しました。


「クンユアム側との協議について」 担当:「日・タイ友好クンユアム基金」事務局
 1月29日、メーホンソン空港から桑原ゆきこ先生の出迎えを受け、クンユアムにへ向かい、翌日クンユアム高校の朝礼に参加致しました。同校教頭先生から生徒に対し、「日本からのお客さんをお迎えする。日本人墓地の関係の奨学金を提供していただく予定である。こうした奨学金が皆さんの勉学への一助となることに感謝してほしい」という説明があり、約1000名の生徒から万来の拍手が巻き起こりました。木村協会理事長から、「今回は、京都洛東ライオンズクラブのご厚意で奨学金授与の調印のためにお邪魔させてもらった。クンユアムの人々に日本人は感謝している。今後も、この絆がつながっていくように希望する。」との挨拶を行いました。

 その後、今回の「京都洛東ライオンズクラブ 日本・タイ友好クンユアムプロジェクト」実施に際し、クンユアム側との事前交渉を進めて下さった桑原ゆき子先生の「日本語クラス(※本事業において運営支援を実施)」に参加し、「私の宝物」と題した作文発表を聞き、生徒たちのの純真な心に胸を打たれました。

 同日午後、同校校長室にてシアン・ティパロット校長とプロジェクトについて協議を行い、実施体制について合意をした上で、協定調印書に校長の署名を頂きました。

 翌31日は、ムワイト―寺及びトーペー寺の日本兵墓地(※両墓地とも本事業による清掃活動を実施)の慰霊と清掃を行いました。 

 2月25日にタイ王国大阪総領事館の担当領事様の立会いの下、京都洛東ライオンズクラブ・当協会・クンユアム高校(事前調印)の三者間調印を行い、3月から本事業が正式にスタートすることになります。

 第二次大戦下で芽生えた「友好の絆」を途絶えさせてはならないという想い、日本兵墓地を現状のまま放置することは、戦禍に散った先人に申し訳がないという想いに共感し、資金提供を頂いた「京都洛東ライオンズクラブ」の皆様に厚く御礼申し上げますとともに、お力添えを頂きました皆様に、心から感謝申し上げます。

2014年

2月

15日

子ども達の笑顔に出逢う辺境巡りの旅

 平成26年1月21日ー2月4日、協会代表団は、チェンマイにある国境、メーホンソーンにある国境、ナーンにある国境と北タイの辺境の地の9校の幼、小、中高、大学を廻り、教育視察と文化交流をした。また、こうした地域での日本語学習状況もぜひ知りたい、と願う旅もあった。
 我々は浴衣姿のTさん、Uさんの「よさこい鳴子踊り」をメインに折り紙や書道、日本の遊び道具の紹介、振付ありの唱歌などをデモンストレーションし、子どもたちにも前で教える時間を設けた。どこもとても純粋な子ども達で反応の良さに助けられた。
 今回、チェンマイ県にもミャンマーとの国境(検問所)があるということ、そこではミャンマーや中国、山岳の子供たちが通い、教育の第一の目的が「国語の力」を付けさせることだと分かった。ナーンのプア学校では200名の生徒たちが授業に参加し、日本人、日本の文化、を大歓迎してくれた。この学校では日本語学習の基礎はしっかりしており、こういう学校の生徒を招へい事業にのせたいとも思った。
 日本語学習振興に関して我々は微力ではあるが、少ないチャンスを指導の先生方も一所懸命吸収される姿に感銘を受けた。日本語学習が減っていると、嘆くより、とにかく踏み込め、今後も機会あれば行ってみたい。

2014年

2月

14日

「感動の旅、トートカティン」

協会有志で昨年10月に実施した「トートカティンの旅」。日本とタイ両国の根底に存在する「仏教」の心を感じる旅となりました。

平成25年10月21~28日「タイの伝統仏教行事トートカティンの旅」を実施しました。雨期明けに行うお寺の施設等への建築費を寄進する仏教行事であり、タイの人々の生活や心の真髄を垣間見るまたとない機会となるトートカティンの旅。今年の参加者は日本人13人、タイ人10人。ウドムタニ県内のノウンスー地区の村で行われました。この地区は伏見区在住のタイ人の方の出身地で現地の実家や親せきの方々、村人にも大変お世話になりました。また、このカティン行事の前半は南ラオス探訪、メコン河沿いの観光地の訪問、プータイ族の伝統文化を保存しているレヌーナコンなども訪れました。

2014年

2月

06日

バンコクレポート(2月5日付)

バンコクに滞在中の廣瀬正和協会理事から三度目のバンコクレポートが届きましたので、掲載させて頂きます。尚、本稿を以て「バンコクレポート」の掲載を終了致します。

 

「バンコクレポート3」担当:廣瀬正和(日本タイ教育交流協会理事)
 2日の選挙も不完全なまま終わり、投票できなかった選挙区での再投票、候補者が揃わなかった選挙区の立候補者の受付(今回、投票しなかった人は、立候補できないーー即ち、選挙をボイコットした民主党からは立候補できない)等問題は山積しております。このままスムーズに動いても、選挙結果は4~5か月先に出るとの推測です。
 反政府デモは、戦線を縮小し、今は、4箇所の交差点の封鎖に変更していますが、その勢いは衰えておらず支援者もひっきりなしに応援に駆けつけているようです。デモには、軍、警察も余り刺激を与えないよう行動しているようで、今のところ大きな衝突は起きていません。
 しかし、現政権の米の買い取りでの汚職訴訟問題が取り沙汰され、司法側、大手企業が反政府デモに好意的であり、反政府デモ側に近いとされる軍の動きとも会わせ今後の動きは流動的です。
 先日もバンコクの各銀行が、政府の米買い付け資金の融資を断ったとの新聞ニュースも有りました。反タクシンである私の親しい友人は、王室の今後の動きも予測して、インラック政権も終わりに近いと話しております。
 何れにせよ問題が長引けば長引くほど、タイ国に与える影響は莫大であります。中国正月休みの間の中国人観光客も昨年の20%以上の減少と言われています。親タイ派の私としても、双方が出来るだけ早く妥協点を見つけ解決に踏み出すよう祈るのみです。

2014年

1月

31日

バンコクレポート(1月31日付)

バンコク滞在中の廣瀬正和協会理事から「バンコクレポート」が届きましたので掲載いたします。総選挙実施に伴う衝突が予想されますので、バンコク滞在中の日本人観光客・駐在関係者の方は十分ご注意下さい。
日本国外務省からも「注意喚起(1月31日付)」http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcspotinfo.asp?infocode=2014C035 
が出されていますので、ご確認下さい。

「バンコクレポート2」 担当:廣瀬正和(日本タイ教育交流協会理事)
1月31日午後6時、こちらバンコクの情勢は、政府が2日に選挙を強行することに反政府側が反発して、今日、明日の総動員を掛けているようで、今夕方、タクシーでラチャダピセーク通を通ると、デモ隊が大勢終結し、アソーク方面に行進していました。勿論、片側車線はストップ状態で、その中には仕事帰りの一般会社員や学生の姿も多く見られました。
今後、非常事態宣言で各地に配置されている警官隊との衝突が案じられます。兎に角、バンコクでのアンチ •タクシンの動きが凄いです。

2014年

1月

28日

バンコクレポート

 現在、バンコクに滞在している廣瀬正和協会理事の「バンコクレポート」を掲載いたします。日本の新聞報道では知りえないバンコクの実情をお伝えします。政治情勢に変化がありましたら、第二弾を掲載する予定です。

 

「バンコクレポート」 担当:廣瀬正和(日本タイ教育交流協会理事)

 1月27日朝6時、鶏の鳴き声で目が覚める。今日も天気が良さそうだ。 タイに来て20日目、雨は一滴も降らず、寒いくらいの涼しさで快適な日々過ごしています。 ここ、バンコク市内のやや北部に位置するラチャダピセークにある私のアパートの6階からの眺める家々は平和そのままです。 一方、街の中心部の主要な7ヶ所の交差点は、1月13日から、デモ隊によって占拠、封鎖されている。反政府と政府は歩み寄る姿勢を見せず、デモは長期化の様子を見せており、日本のマスコミ報道を見ると、大騒動がバンコク市内全体で起こっているように思えてきます。以前から、私の疑念のひとつに、このような騒動に対する報道の「ありかた」です。

  かって、私がタイ赴任中に起こった、軍のクーデター時の報道でもそうなのですが、何かバンコク市内全体が軍の行動に支配され大変な事態になっているとの報道が日本でなされ、私の本社からも帰国の検討の指示もありました。 実態は、官庁地域だけでに影響があり、市民生活にはほとんど影響がなかったと覚えています。 今回のデモの報道もそうですが、デモ隊によって支配されているのは、7ヶ所の交差点近辺だけで、その場所でも、デモ参加者には笑顔があり、封鎖交差点近辺は、歩行者天国となり、出店も結構出ています。アメリカから来た観光客も「身の危険を全く感じない。デモというよりはお祭りだ」と記念写真を楽しんでいました。市民の生活も交通機関ヘの影響はあるものの殆ど日常と変わらない生活を送っています。

 日本の報道の在り方は、報道各社の方針もあり、難しい面が多くあると思われますが、一面だけからの報道は一考を要すると思います。 しかし、非常事態宣言下、このデモによるタイ経済、タイ社会に与える影響は甚大で、観光客の激減、タイへの投資の見直し等がある中、又、軍によるクーデターの噂も浮上しており、できるだけ早く双方が歩み寄り、解決が望まれています。

2013年

12月

06日

「ランプーン県スワンブンヨパタム校舞踊団招聘」

(招聘の経緯)
 当協会は、平成25年11月25日~12月3日にかけて、「ランプーン県スワンブンヨパタム校舞踊団招聘事業」を実施致しました。
 当会は、同校が「北タイ伝統芸術『ハリプンチャイ舞踊』の普及・振興に取り組んでいること」、「日本語教育振興に取り組んでいること」、「廣瀬正和協会理事(元スワンブン校日本語指導ボランティア)が進めている『きもの・浴衣寄贈プロジェクト』に協力していること」の三点を評価し、「北タイ高校生招聘プログラム」の一環として、今回の招聘を決定致しました。

(スケジュール)

 11月25日(月) 舞踊団 来日

    26日(火) 奥田敏晴城陽市長表敬訪問・ガイダンス

    27日(水) 京都市立塔南高等学校 教育交流

    28日(木) 大阪府立交野高等学校 教育交流

    29日(金) 和束中学校 教育交流・ハリプンチャイ舞踊一般公演

    30日(土) 京都観光

  12月1日(日) 紅葉ロイカトン祭

     2日(月) 大阪観光

     3日(火) 舞踊団 帰国

(随行担当 畠山哲史協会副理事長 総括談話)
 北部タイの文化芸術の伝統を受け継ぐランプーン県の中等学校から中学生6名と引率先生4名計10名を京都に招聘しました。11月25日(月)~12月3日(火)の滞在期間中、京都市立塔南高校、大阪府立交野高校、京都府和束中と3校を訪問し大歓迎を受けました。
 また市民向けには京都市駅前[空]での公演と宇治南コミセンでの協会主催の紅葉ロイカトーン(タイと日本の文化交流)祭りでの伝統舞踊発表会を持ちました。
3校の学校関係者のみなさま、舞踊発表会に参加された市民の方から「ハリプンチャイの美しい伝統舞踊に魅せられました。」「とても中学生に見えなかった。伝統的な舞踊に親しんでいる姿に感激した。」「にこやかに微笑みながらの舞う爪踊りやラムヤイの収穫に感謝する踊りを見て心が癒された。」など感想が寄せられました。
 
この事業は未来を担う日タイの青少年に友好の架け橋となってほしいと協会が5年前に招聘をスタートしました。今回の北部タイのランプーン県は、ハリプンチャイ王朝の始まり。ランナータイ(チェンマイを中心とした北部タイの文化)より古く7世紀から11世紀に栄えた古都で、その伝統舞踊を受け継いでいる生徒たちの発表を行い、日タイの中高校生との草の根の文化交流を深めようと企画されました。
 今後も両国の「友好の架け橋」を育てるべく、同事業を継続するとともに、両国の友好の絆を次世代へと引き継ぐべく、積極的な取り組みを展開して参ります。
 最後になりましたが、ご協力頂きました皆さまに、厚く御礼申し上げます。

2013年

9月

20日

「日・タイ・カルチャー・フェア」を開催致しました。

 9月14日(土)・15日(日)、京都市伏見青少年活動センターにおいて、「日・タイ・カルチャー・フェア」を開催し、二日間合わせて700名の方にご来場頂きました。14日の開会式には、公務ご多忙の中、門川大作京都市長・タイ王国大阪総領事マーノップチャイ・ウォンパックディー様はじめ国会・府市会議員の皆さまがご臨席下さいました。また、京都府広報監「まゆまろ」も来場し、会場を盛り上げてくれました。

 今回、新たな取り組みとして、「企画展示ブース」を設け、NGO「アジア女性自立プロジェクト(AWEP)」やNPO「ファーサイ・タイ・日本」等、共に「草の根交流」に取り組む民間団体に出展して頂き、その活動を紹介させて頂きました。また、タイ国政府観光庁・タイ航空提供ブースでは、タイ旅行促進にむけた取り組みを展開致しました。

 また当協会も、昭和56年設立当初から現在までの「草の根交流」の歴史をまとめた「日本タイ教育交流協会紹介ブース」、タイ王国とミャンマー連邦の国境近くにある親日の町・メーホンソーン県クンユアムを特集した「日・タイ友好の町“クンユアム”展」を実施し、多くの来場者にご覧頂くことが出来ました。

 タイ料理コーナーでは、特製の「グリーンカレー」や「タイラーメン」、「パッタイ」などを提供し、両日とも完売することが出来ました。また、タイ古式マッサージコーナーやルーシーダットン教室、カービング教室などタイ文化を体験するコーナーから、「茶道」・「書道」・「柔道」そして「コスプレ」など日本の伝統文化から「クールジャパン」まで、幅広いプログラムを実施致しました。

 今回のフェアは外務省「日・ASEAN友好協力40周年事業」認定事業・京都市「みやこ子ども土曜塾」認定事業として開催したもので、「草の根交流」によって「友好の架け橋」を両国に育てるという本会の活動を多くの方にご理解頂けたと感じております。

 これからも「タイ大好き、京都発信。」をモットーに、「草の根交流」を積極的に展開し、未来の両国関係を担う青少年を「友好の架け橋」とすべく、全力で活動して参ります。今後とも活動にご協力賜わりますようお願い申しあげますとともに、今回のフェアにお越し下さった皆さま、ご協力くださった皆さま、伏見青少年活動センター様、異文化交流グループ「サラダボウルProject」の皆さまに厚く御礼申し上げます。

 

                        「日・タイ・カルチャー・フェア」

                           実行委員長 木村 滋世

                           実   行   委   員  一  同

                           事 務 局 長 菅谷 和真

2013年

8月

10日

「日・タイ・カルチャーフェア(9月14・15日開催)」が、外務省「日・ASEAN友好協力40周年事業」に認定されました。

 日本タイ教育交流協会広報担当です。暑い日が続きますが、皆さまお元気でお過ごしでしょうか?

 来たる9月14日(土)・15日(日)に開催する「日・タイ・カルチャーフェア」が、日本とASEAN(東南アジア諸国連合)との友好協力40周年を記念して実施される「日・ASEAN友好協力40周年事業」として、外務省から認定されました。歴史的・文化的、そして経済的にも重要なパートナーである、日本とASEAN地域の友好協力事業に認定されたことは大変光栄なことであり、その重責に身の引き締まる想いが致します。

 今回のイベントでは、伏見青少年活動センターで国際交流に取り組むサラダボウルProjectの皆さまにもご協力頂きます。タイ文化から日本の伝統文化、クールジャパンまで、多彩なプログラムで皆さまのお越しをお待ち致しております。

   【お願い】14日(土)11:30~「開会式」を開催致します。是非ご参加下さい。

2013年

7月

01日

「協会代表団、タイ訪問」

 6月5日~17日まで協会代表団は、バンコク・チェンマイ・チェンライ・ランプーンを訪問致しました。今回の訪タイは、当協会が企画調整を行なった京都府立東宇治高校のタイ研修プログラムと、日タイ親善京都府議会議員連盟の教育交流視察プログラムに合わせたもので、協会担当者が両プログラムの各行程に随行致しました。

 東宇治高校の研修プログラムでは、今回初めてチェンマイ・ラチャパット大学日本語コースの学生との交流会を開催することが出来ました。両国の学生が互いに膝をつき合せながら楽しそうに語り合う姿を目の当たりにして、「教育交流の意義」を改めて実感することが出来ました。

 日タイ親善京都府議会議員連盟の視察プログラムでは、東宇治高校の教育交流視察に加えて、チェンマイ市長のブーラヌパコーン氏やタクシン政権で外務大臣を務められたカセー国立ナラティワート大学総長との会談の場を設け、今後の両国関係、教育交流の在り方について、積極的な意見交換がなされました。

 また、廣瀬協会理事は皆さまにご協力頂いた「ランプーンきもの寄贈プロジェクト」第一期寄贈分の授与の為、ランプーンの学校を訪問し、「着物・浴衣」を寄贈致しました。ご協力頂いた皆さまに、この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。

 「ゆかた寄贈プロジェクト」では現在、第二期寄贈分を募集しております。「日本の伝統文化」を通した相互理解の促進にお力添えを賜りますよう、お願い申し上げます。(広報)

2013年

6月

14日

「ソムタム・パーティー」を開催

 6月1日、大阪市京橋にあるクレオ大阪東で、「ソムタム・パーティー」を開催致しました。第1部は調理室で「ソムタム作り」を実施、第2部は多目的室で「日本・タイ文化交流」と題したプログラムを行いました。タイ舞踊やルーシーダットン、タイカラオケ、「山吹流銭太鼓」、「白波五人衆」や素敵な演奏の披露など、本当に盛り沢山の内容となりました。また物販ブースも設け、タイの民芸品なども販売致しました。ご協力頂きました皆さま、ご参加下さいました皆さまに、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

 次回イベントは恒例の「日タイ交流バーベキュー大会」、皆さまのご参加をお待ち致しております。(広報)

2013年

5月

14日

「タイフェスティバル2013 代々木」に出展

 5月11・12日、東京・代々木公園で開催された「タイフェスティバル2013 代々木」(主催:タイ王国大使館)のNGOブースに出展致しました。初日の大雨、二日目の快晴と天気に左右されながらも、東京の地で「教育交流」、「草の根交流」の意義を示すことが出来たのではないかと、考えております。

 長い歴史を持つ日本とタイ王国の友好関係の「これから」を担う「架け橋」の育成に、一層邁進して参ります。皆さまのお力添えを宜しくお願い致します。(広報)

2013年

5月

10日

協会公式ホームページリニューアルについて

 当協会は平成25年5月から、NPO法人化に伴う広報力強化の一環として、公式ホームページをリニューアル致しました。これからはこのwww.jtees.jimdo.comから情報発信して参りますので、定期的にチェック頂ければ幸いです。また協会のFacebookページでも情報発信して参ります。 

 「タイ大好き、京都発信」をモットーにこれからも両国関係の強化のため、そして未来の「友好の架け橋」の育成に全力で取り組んで参りますので、皆さまの温かいご支援、ご協力を宜しくお願い致します。  

                     NPO法人 日本タイ教育交流協会 広報担当

SNSでの広報活動に、

ご協力をお願いします。